皇室の別荘 武庫(むこ)離宮の遺構が残る 神戸須磨離宮公園2–潮見台から傘亭

割れた基礎
武庫離宮の庭園を宮内省内苑局局長として関わった福羽逸人。関西方面の職人に対して偏見があったようで、武庫離宮の造営時には、東京から職人をつれていきました。

皇室の別荘 武庫(むこ)離宮の遺構が残る 神戸須磨離宮公園1–正門から中門まで

須磨離宮公園
武庫離宮は、大正3年(1914)に天皇の宿泊施設として造営されました。建物は昭和20年(1945)の空襲で焼失してしまいましたが、庭園部分は造営当時のものが残っています。