旧宮家の重要文化財 旧久邇宮(くにのみや)邸 一般公開 

旧久邇宮邸パレス

大正期に建てられ、重要文化財に指定されている旧久邇宮邸は、東京、広尾にある聖心女子大学構内にあります。久邇宮第二代、邦彦王(くによしおう)の旧邸宅の一部が残されています。

文化庁の重要文化財指定時の解説文では「和風基調で建築された宮家本邸の唯一の現存例であり、皇室建築の系譜を考える上で、高い価値が認められる」とあります。

重要文化財に指定されている建物は、御常御殿、小食堂、車寄せ、正門の4つです。

御常御殿(パレス)、小食堂

大学では、御常御殿(おつねごてん)のことをパレスと呼んでいます

旧久邇宮邸パレス

1924(大正12)年に建てられた久邇宮家の日常生活の場です。二階建の各部屋は、和風建築ながら天井が高く、皇室建築の特徴を表しています。

皇族ゆかりの菊紋章をあしらった蘭間や釘隠し、襖の引き手の装飾も皇族らしい意匠です。

寝室の格天井(ごうてんじょう)には、名だたる日本画家43名の描いた絵画がはめ込まれています。寝ながら絵画を鑑賞できるのですね。中には、寝た状態で鑑賞することを意識して、枝にとまった鳥を下から眺めている構図の絵画もあります。面白い。絵画の実物は、東京国立博物館に保管を依頼していて、ここには、レプリカがはめこまれています。

学生がお茶、お琴、日本舞踊の課外活動に使っているそうです。贅沢だなぁ。そのために重要文化財に指定される前に、耐震改修工事を行なっています。壁材の追加と屋根瓦の軽量化が行われました。

二階は、洋室が三部屋があり、寄木板張りの床、家紋をあしらった欄間、台湾風の天井など、和洋中のミックスされた空間です。

二階の外廊下には、ガラス戸がはめられています。大正期のガラスで割れてしまったら、

もう入手できないガラスです。雨戸の開け閉めを大学の警備員さんが担当されていますが、一番緊張するお仕事だそうです。

旧久邇宮邸2階

台湾風の意匠は、設計者森山松之助が取り入れたもの。森山は、台湾総督府庁舎などを手がけています。

小食堂は、寄木張りの床で、肘木(ひじき)に支えられた折り上げ格天井には、天井画が18点と豪華なしつらえです。家族用の食堂だったそうです。東側の壁側面には、和風の違棚、洋風の代理石のマントルピース、唐風の火灯窓とここでも和洋中の意匠が使われています。

小食堂の設計は、宮家造営課の設計とされています。

建物内の写真撮影は禁止とのことで、建物の外観のみ撮影許可がありました。

車寄せ(クニハウス)

大学では、クニハウスと呼んでいます。

久邇宮邸本館の表玄関で1918(大正7)年に竣工しました。創建当時と同じ場所に建っています。

久邇宮家の長女良子女王(後の香淳皇后)が皇太子殿下(後の昭和天皇)ご成婚の折、この車寄せから宮中へと御出立されたそうです。

葉山しおさい博物館の入り口で使われている車寄せの建物より豪華な建築。神奈川県葉山町にある葉山しおさい博物館の車寄せは、旧葉山御用邸付属邸の御車寄せを移築したものです。

こちらの建物内の見学はありませんでした

正門

久邇宮本館と同じ1918(大正7)年の建物。聖心女子大学の正門として現在も使用されています。大正時代の門が現役で使われているのは、すごいこと。

聖心女子大学 正門

正門を通り、学内へと入っていく道は、桜並木です。サクラの花の頃は、華やかでしょう。大正期の門をくぐり、桜並木の中を歩いていくなんて学生さんがうらやましい。

見学会の参加費は無料ですが、受付で寄付を募っています。1000円以上で久邇宮邸の絵葉書、3000円以上で久邇宮邸の天井画を集めた画集がもらえます

旧久邇宮邸天井画 画集

旧久邇宮邸(聖心女子大学パレス)一般公開

大学職員の方が、見学案内をしてくださいます

2024年は、3月21日、22日、25日、26日、27日で、午前と午後の回がありました。

2月7日から、大学ホームページから申し込み開始で、あっというまに定員になったくらい人気です。

都心に佇む洋館 九段ハウス(旧山口萬吉邸)

九段ハウス

東京、靖国神社近くにあり、オヒィスビルや学校に囲まれた場所にある古い洋館です。通常は一般公開されておらず、写真展が開催される機会に邸内に入ることができました。

昭和2年(1927)竣工のスパニッシュ様式の洋館です。「耐震構造の父」と呼ばれた内藤多仲の設計で、壁式鉄筋コンクリート造りで耐震、耐火性を重視しています。現在の耐震基準を上回る壁の厚さだそうです。

当時、大流行したスパニッシュ様式の意匠は、木子七郎と今井兼次によるもの。東京大空襲の戦火も耐えることができました。

戦火をかいくぐり、都心の開発圧力にも負けず、美しく歴史ある建物を残してくださって感謝です。

庭からの外観

玄関、階段の手摺りには、青い大理石が使われています。今だと採れない石じゃないかな?

玄関
二階への階段

ドアやスクリーンポーチの窓は、アーチ型でスパニッシュ様式の形

二階へ上がるとこの建物内唯一の和室があります

和室

2階には、ベランダの壁の凸型の窓が

外から見ると、十字型に。面白い

地下には、当時のボイラー設備が残されています。個人邸というよりビルの設備ですね

地下室の明かり取りの窓の鉄製柵が素敵

庭は、新しく和風庭園として造られました。東邦レオが京都の職人さんを使って施工しました。

九段ハウス

東京都千代田区九段北1丁目15-9

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日本建築が美しい 福島県 会津東山温泉 向瀧(むかいたき)

向瀧 玄関

建物が登録有形文化財に指定されているお宿です。外観の写真にひかれて予約しました。古い建物が好きなんです。

大正期から昭和の初期にかけて建築、改築されたそうです。

斜面を使った池のある中庭を囲むように建物が配置されています。

向瀧 廊下
ぴかぴかに磨かれた木の廊下

宿泊日は、中秋の名月の日。廊下には、お月見の室礼が

お月見
お月見の室礼
向瀧
斜面に建てられた客室

お部屋の凝った意匠の数々

お部屋は、ききょうの間。階段を二階分ほど登った中庭を望むお部屋です。

向瀧 桔梗の間

柱には、ききょうの彫刻がありました。これは、節袴(ふしばかま)といって、木目の節を隠すための飾りだそう。糊で貼り付けたわけではなく、埋め込んでいます。

節袴
節袴

この障子の影も素敵。障子越しの柔らかな明かりって好きなんです。

障子

障子を開けると影を作っている木と竹のかざりが

竹かざり

障子の上にも明かりとりの小さな障子が。以前住んでいた家にも同じ形式の障子がありました。懐かしい。そして美しい。

ききょうの間 障子

窓辺の手すりも凝っています。

ききょうの間 手すり

欄干には、ききょうの彫り込み

向瀧 欄干

お部屋によって部屋そのものの造りも意匠も違うらしいです。他のお部屋も見て回りたい

源泉掛け流しのお風呂が三箇所も

会津藩の武士もこの温泉に入っていたそうです。感慨深い。

きつね湯

館内の三箇所あるお風呂のうち、一番玄関に近いお風呂「きつね湯」が一番熱くて、玄関から離れるに従って温度が下がります。といっても、源泉が58度ですからね、冷ましていても44 度くらいあるそうです。熱い!

熱いお風呂に入ると思い出すのは、沸かしすぎたお風呂に入った時のこと。今のお風呂は、設定温度になると自動で止まってくれるけど、昔は時間をみて自分で止めないといけなかったから、つい忘れて沸かしすぎてしまうことがありました。

三箇所のお風呂のうち真ん中には、貸切家族風呂が3つあります。「瓢の湯」「蔦の湯」「鈴の湯」と、それぞれ名前がついています。予約不要で無料なのが嬉しい。それぞれ楽しめちゃう。

一番奥が 「さるの湯」42度〜43度で、ぬるめとあったのですが、それでも私にはちょっと熱め。一番広くてシャワー もあります。ここだけは、大きな窓があって外の樹木をながめながら入ることができます。他のお風呂には、シャワーなし。

全ての温泉は、透明なお湯で匂いもなく、さっぱりとした気持ちの良いお湯でした。

無色透明で無臭のお湯ですが、湯口には、びっしりと湯の花がついていて温泉成分はしっかり含まれているのがわかります。

売店では、地元のコーヒー牛乳があります。やっぱりお風呂後はコーヒー牛乳!

会津乳業 カフェオレ
伝票には「カフェオレ」とおしゃれな名前がついてました

お食事は会津の郷土料理

夕食、朝食とも部屋食の昔ながらの旅館スタイルです。お布団も番頭さんが敷きにきてくれます。

地の物をいただけるのは嬉しいです。旅行では、ここだけの体験をしたいのです。山の中なのに、海の魚の刺し盛りなんかでできたら何か違うと思ってしまいます。

会席料理スタイルでたくさん提供されたのですが、その中から3品ご紹介

鯉の甘煮

会津藩伝統の武家料理。甘辛いしっかりとした味付けです。量もたっぷりあって、これだけでお腹いっぱいになります。残したら持ち帰り用に包んでくれるそうです。臭みは全くありません。海のない会津では川魚が貴重なタンパク源。魚料理のなかで一番位の高い料理だったそうです。

鯉の甘煮
鯉の甘煮

ニシンの山椒漬け

北前船で運ばれてきていた北海道産の身欠きニシンを使った保存食。お酢の酸味と山椒の風味がちょうど良く美味です

ニシンの山椒漬け
ニシンの山椒漬け

こづゆ

会津の郷土料理の代表格。お麩のほか、細かく刻んだお野菜が沢山入ったお煮物です。

こづゆ
こづゆ

お月さんも見ることができました。

中秋の名月

部屋にあった説明書には、「ご希望のお客様には、館内をご案内します」とありました。しまった、早く気づいていれば案内してもらったのに。帰り際に気づいてしまった。

階段の上り下りでの移動が多い日本旅館です。足腰がしっかりしているうちに泊まらないといけません。

古い建物を維持管理していくのは、大変です。旅館として営業しつつ、この建物を守ってくださっていることに感謝します。