2019夏期えどはくカルチャー 江戸東京の庭園探訪 江戸東京博物館[講演会参加記録]

東京の大きな庭園は、江戸時代の大名庭園をルーツにもつものが多いです。そんな東京の庭園の歴史に興味があるので参加しました。

現存している庭園の写真を中心に紹介してくれました。

江戸は大名庭園だらけ

大名は江戸に屋敷を拝領します。上屋敷、中屋敷、下屋敷に大名自ら所有した抱屋敷。200名ほどいた大名のそれぞれにお庭があったとすると、相当な庭の数。江戸時代に行って、ドローンを飛ばして見てみたいです。水と緑が豊かな庭園都市を見られるでしょうね。

江戸庭園といえば池泉回遊式庭園

池泉(ちせん)回遊式庭園とは簡単に言うとこうなります。池を中心に、周りを散策できるようにしてあり、場所によって異なる景色をみることができる庭のこと。
庭の中心となる池には多量な水が必要です。広大な池の水はどこから引っ張ってきているのか?小石川後楽園は神田上水から。六義園は千川上水から。一説によると上水としての水質をチェックするためとか。「これだけの上水を池に使えるンだぞ」と権威を強調している様に私は思います。明治以降は防火用水のためでもあったようです。

大名庭園の例

配布された資料から、転記しました。以下の庭園の変遷を紹介していただきました。
・「水戸候の後楽園」水戸徳川家中屋敷→上屋敷→東京砲兵工廠
・「松平美濃守の六義園」柳沢家下屋敷→岩崎家別荘→六義園
・「尾州候の戸山荘」尾張徳川家下屋敷→陸軍戸山学校→戸山公園など
・「松平不昧公の大崎園」松江藩松平家下屋敷→品川区北品川5丁目(現存せず)
・「将軍家の浜苑」徳川宗家→浜離宮恩賜庭園
・「楽翁公の浴恩苑」松平定信下屋敷→築地市場跡(現存せず)
・「松浦候の蓬莱園」平戸藩松浦家上屋敷→都立忍岡高校(台東区浅草橋)
・楽寿園(小田原藩大久保家 他)→旧芝離宮恩賜庭園
・笠間藩本庄家下屋敷など→安田家所有→旧安田邸園(墨田区横網)
・熊本藩細川家抱屋敷→肥後細川庭園(旧 新江戸川公園 文京区目白台)
・熊本藩細川家下屋敷→戸山公園(品川区豊町)
・占春園(守山藩松平家上屋敷)→筑波大学東京キャンパス内(文京区大塚)
・松山藩松平家中屋敷→イタリア大使館庭園
・玉川園(高遠藩内藤家下屋敷)→農事試験場→皇室庭園→新宿御苑
・関宿藩久世家下屋敷→深川親睦園(岩崎家)→清澄庭園・清澄公園

明治期の洋風化で改修

明治以降になると、洋風建築が建てられるようになり、建物に合わせた庭として芝庭が登場します。洋館と芝庭、日本建築の和館と日本庭園の両方が存在するようになります。
・旧岩崎邸園(明治29年)洋館+芝庭/和館+日本庭園
・旧古河庭園(大正6年)洋館+洋風庭園・日本庭園
・旧前田家本邸(昭和4〜5年)洋館+芝庭/和館+日本庭園
江戸東京博物館での講演会ということで、江戸時代の古文書や当時の書籍、浮世絵で庭園の様子を紹介してくれるのかな〜と勝手に思っていたら、違いました。大名庭園だと庶民が立ち入れる場所ではないので、書籍や浮世絵としてあまり残ってないのかも知れません。
現在でも見られる庭園を多く紹介してくださったので、実際に訪れてみたいと思いました。