ほーりー(堀口茉純)さんが選んだお江戸八景を紹介「物語でたどる江戸⇔東京八景 お江戸ルほーり–文化講座7」日比谷図書館 日比谷コンベンションホール

江戸文化歴史検定の今年のお題が「新江戸百景めぐり」なので、お題にちなんだ講演会です。[2019年9月4日]
ほーりーさんの楽曲「江戸⇔東京節」とともにご登場 ! ポスターまんまのお着物とガイドさんが持つ手旗を持っているという演出です。
ほーりーさんが選んだ江戸八景を、浮世絵とともに現在の写真もご紹介いただきました。

奥の細道の出発点 千住

隅田川を挟んで千住大橋の両岸にあった千住宿。この千住宿が松尾芭蕉が奥の細道へ出発の場所、「矢立初めの地」となりました。現在の荒川区と足立区にあたる場所。どちらの区も矢立初めの地を自分の区側と主張しているそうです。実際はどちら側なのかはわからないそうです。
千住大橋は、橋脚が特徴的で浮世絵にも描かれています。伊達政宗が寄進したと伝えられているコウヤマキが使われていました。
千住からは富士山が見えたので、葛飾北斎は富嶽三十六景のうち3枚も千住からの富士の眺めを描いています。
千住宿の飯盛女と呼ばれる実態は遊女もたくさんいて、幕府も黙認していました。

化け猫遊女の伝説がある 品川

東海道にある品川宿は、すぐ側は海。海産物も食べられる場所。また、吉原と張り合う程の遊里でした。
品川の飯盛旅籠では妖怪が出ると評判で、特に、伊勢屋には化け猫遊女がいるとの噂がありました。夜中にお客に隠れてバリバリとエビを食べている。その姿の半分が猫になっているという本も出版されていました。
遊女のことを隠語で寝子(ねこ)と言ったので化け猫になったのではとか、客の前で食事をしないので、隠れて食事をとっている所をそんな風に表現したのだと考えられます。

八百屋お七が処刑された刑場 鈴ヶ森

品川宿の南にあり、人通りの多かった東海道沿いにあった公開処刑場。
ここで八百屋のお七が放火の罪で火刑に処せられました。
現在も刑場跡が残っています。

庶民のアイドル山本屋おとよ 隅田川

隅田川は、川自体が名所だった。春は花見、夏は花火、秋には月見船、冬の雪見の船もありました。
隅田川のほとりにある、桜餅が有名な山本屋には、茶屋の娘おとよがいました。看板娘として有名になり彼女目当てのお客も多かった。
老中の阿部正弘も彼女に惹かれていた一人。時々店の近くにきては、駕籠の中からそっとみていました。ところが、御三卿の田安慶頼(よしより)もおとよに気があるとわかると、おとよの親と話しをつけて側室として下屋敷に住まわせました。この権力を使っての強引な手法が世間の評判を落とし、役人としての人気が失墜してしまいました。

芝居町 猿楽町

今泉みねが書いた回顧録「名ごりの夢」の一文から当時の芝居町の華やかさ、賑やかさを紹介されました。芝居見物の前日は、わくわくして寝られなかったんだとか 。
現在の写真も見せてくれました。雑居ビルがあるだけで芝居町の面影は全くない通り。想像力が必要なんです。

急傾斜な出世の石段がある 愛宕山

江戸時代には街を見渡せる見晴らしのよかった場所。山上に上がる石段はとても急勾配な所に一直線に造られています。
徳川家光が増上寺の参拝の帰り道のこと。愛宕山の山上の梅の花を見て、誰かとって来いとの呼びかけに高松藩士の曲垣平九郎(まがきへいくろう)が馬に乗ったままこの石段を駆け上り、梅の枝を折って再び馬で駆け下りてきました。家光公は喜んで平九郎は名を上げ、出世をしたという故事があります。この故事から現在では出世の階段とよばれています。
現在では見晴らしの良さは望めません。ビルに囲まれてしまっています。ここも想像力。

春日局にも厳しい門限 平川門

通用門として利用された門。大奥の女性はここから出入りしました。
大奥を作った春日局。この方がある時、門限の時刻に間に合わなかったことがありました。門番に閉め出され、翌朝の開門まで入れませんでした。春日局ほどの人物に対して規則を曲げずに守ったとしてこの門番、小栗又一郎は将軍からお褒めと五百石も給料を増やしてもらいました。
平川門の内側に渡り櫓の門があります。その横に小さな帯曲輪門(おびくるわもん)があります。ここが不浄門として利用されていたのではないかと言われています。城内で亡くなった人や糞尿を搬出する門なので不浄門と呼ばれていました。生きていてもここから出されたのは2名。吉良上野介を切りつけた浅野内匠頭と江島生島事件の江島の二人。

徳川家の別邸 浜御殿

徳川家の人々が鷹狩りや釣りを楽しめる場所でした。
海辺にあるので、将軍がから乗下船した「お上がり場」があります。
徳川家茂は三度、京都へ上洛しています。そのうち二回目は海路で上洛しました。江戸へ帰る際は、三回とも海路でこのお上がり場から上陸しました。ただし、三回目は亡骸としての帰還でした。
ほーりーさん