江戸時代は、現在とは時刻のとり方が違うので、学んできました。(2018年2月25日受講)講師:浦井祥子先生(徳川林政史研究所)
一刻
江戸時代の時刻は、日の出と日の入りが基準となって、そのあいだを6で割った一つを一刻(いっとき)としていました。したがって、季節によって変わります。一刻の長さも変わります。明け六つは常に日の出で、暮れ六つは常に日の入りになります。現代の24時間均等に割る定時法に対して、不定時法というそうです。現代のような均等割の時間でなくとも、実生活には支障なく、国内で時間のズレがあっても何の問題もなかったのです。お日様と共に活動するほうが、生物のリズムにあってますよね。
時の鐘
江戸庶民のほとんどは、時計を持っていません。時刻を知る方法は、時の鐘の音によって知っていました。設置には幕府が許可を出し、管理と運営は民間に任せています。鐘撞人は世襲制。鐘撞きができない時がないように、管理人は人を雇っていました。多い時には、江戸に10箇所も設置されました。うるさくないのかな。鋳造技術の差により、鐘によって音が違ったらしく間違えなかったようです。鐘といえば、お寺をイメージしますが、時の鐘は時報専門。お寺の行事には使えませんでした。たとえ火事を知らせるためであっても使用不可でした。近世以前に時報専門の鐘が10箇所もあったのは、日本だけだそうです!ヨーロッパの教会の鐘は、教会の行事のためのもの。時報専用ではありません。江戸人は時間を大事にするんですね。
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飯塚裕美(蛙号 カエラ)
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